一人前の脊椎外科医を目指して

医師10年目の整形外科医が、一人前の整形外科医・脊椎外科医を目指すブログです。研究留学・論文・資産形成・備忘録などを載せていきたいと思います。 現在、米国のspine centerに臨床研究目的で留学中です。

2018年07月

暑い日が続いていますね。本当に寝苦しいのが辛いです。


ここ最近は、 研究や論文執筆も少し落ち着きつつある感じです。

とは言っても、もちろんすることは多いのですが…



ところで、


大学院って医師のキャリアとしてどうなのでしょうか?
(唐突)



私の場合は、記事:なぜIELTSなのか??(1)(2)(3)のところでも

少し触れましたが、


卒後2年は市中病院で初期研修を行った後、

卒後3年目に入局
して大学病院で1年勤務しました。



大学病院では、

市中病院ではなかなかないような希少症例や、

難治症例が多い為、自分で執刀どころか、

前立ち(助手)としてもほとんど経験はできず、

仕事のほとんどはサマリー作成、

カンファレンス用のカンペ作成、患者さんの回診


で終わるのが日常でした。



かと言って忙しくないわけもなく、

手術が長くかかることが多いと帰宅時間は

22時を超えることもしばしば。 



ラッキーだったのは、

大学当直や外来はdutyではなく

(というよりも してはいけなかった)、

医局から派遣された寝当直バイトに月2回程度行くことぐらいでした。


ただ、環境として

学会発表の機会は多くもらえる状況
にあったので、

臨床研究の機会があれば他の同期よりは積極的に手を挙げていた

ことを覚えています。

そのおかげで、卒後4年目に海外でoral presentationをさせてもらえたのは良い経験でした。






その後、卒後4年目から地方の2.5次病院に派遣されることになりました。

その病院は主治医執刀制で、

とにかく多くの症例の執刀をさせてもらうことが出来ました。


大学病院に1年いたことで、

他の整形外科の先生よりも遅れているという危機感

があって、自分の中では

「とにかく手術を経験して自分の腕を磨かないと」

と思っていました。

 
今から考えると、自分から勤務状況をブラックに

していたような気がします(苦笑)


積極的に手術症例を請け負って、

緊急手術も半分喜んで担当していたような、、

自分で考えても少しマッドマンですね。。。



もちろん、超勤時間は多く、その為に院長に呼び出されたこともありました。。



そういった状況で、

自分のキャリアパスを少し真剣に考え始めたのが卒後5年目
でした。


というのも、私の所属医局では、

2年周期で若手医師は病院をローテートしていくのが基本路線だったからです。


ですので、

別の病院に勤務
するのか、あるいは大学院という選択肢もある、

という状況でした。




私の考えとしては、


・臨床(特に手術)を究めることが重要だと思うけど, 本格的な研究も1度はやってみたい。

・せっかく一度きりの人生なんだし、できれば留学もしてみたい。


という考えがあったことと、市中病院に派遣された1年少しで


・自分ではどうすることも出来ない難治症例が少なからず存在する。

・付け焼き刃的な知識しか自分は持ち合わせておらず、真理をもっと追求したい。


という気持ちもあったことが相まって、大学院への進学を希望することにしました。


そして教授と面談し、卒後6年目からの大学院入学、という道を歩み、今に至っています。







はっきり言って、これが良かったのか悪かったのかは分からないし、

誰にも評価出来ないと思います。


ただ、大学院に入学して3年経った今から考えると、


・ 臨床を離れて(医局にもよりますが)、絞ったテーマに集中して勉強できた。

開業医の先生、他学部の先生(私の場合は工学部や理学部の先生)との出会いがあり、そこから得られるものが意外と多かった。

・ 臨床しているよりは時間があるので、他の分野の本を読んだり、資産形成などの勉強が十分にできた。

留学への足がかりを作ることが出来ている(現在進行系)。



 この辺りは、大学院に入学して良かった点かなー、と思っています。ただ、



・ 臨床から離れている期間が長いので、(術後管理含めて)手術がまたできるのか不安

研究時間が不規則で、時に何日も研究室に引きこもることも。



というデメリットもあったかな、と思います。


特に1つ目のデメリットは、正直に現在進行系で不安です。
 

次の記事に続きます。 

 

前回記事の続きになります。


 IELTSの勉強を開始してしばらくした後に、

偶然にも国内の学会でオーストラリアの意中の病院の先生が

講演に来られることがありました。


そこで、その講演を最前列で聴き、

質問もしてアピールした上で、

講演終了後に直接アタックし、


大学院卒業後に是非あなたの施設で勤務したい

ということと、

それが可能かなのかどうか


思い切って尋ねてみました。




その先生の返答は、


気持ちはwelcomeだが、大学院を卒業する頃にならないとわからない,

病院の整形外科の人員(フェロー)の枠にもよるので、

それまでにIELTSの資格をクリアして欲しい



という返事でした。



自分としては、頭からダメだと言われる可能性が高いと思っていたので、
良い意味で予想外で嬉しかったことを覚えています。






そこから3年の月日が経ち、

今年になってその先生が再度来日されて講演される

機会がありましたので、講演終了後に再度アタックしました。


幸いなことに私のことを覚えておられていて嬉しかったのですが、

現時点でのフェローの枠がなく、

翌年の4月から受け入れられるかどうかの

明確な返事は出来ない、

と言われてしまいました。




ここで、自分のプランは一旦白紙になったわけですが、

諦めきれない私は他の手段を考えることにしました。


それは、


1. AO Spine Japan fellowship の制度を利用して、

短期でもいいので臨床留学 (最長3ヶ月)


2. 他のコネをとりあえず探す



この方向にシフトすることを考えるようになりました。



大学院卒業後、例のオーストラリアの施設の空きが出るのを

待つのも1つの手だとは思ったのですが、 大学院を卒業すると、



医局からどこに赴任するように言われるかわからない!

そして、

その施設で多忙になると、留学どころではなくなってしまう可能性が高い!



そういう点を考慮すると、

この大学院卒業のタイミングで何としても留学したい!!

と考えました。




そこで上記の両立て戦略で様々な方向にアプローチをしていた矢先、

私の尊敬する先輩医師が行っておられた留学先から声をかけてもらって、

留学の方向に話を進めている、という経緯になります。






当初の予定からは大きく方針は変わってしまったのですが、

IELTSを勉強することは間違っていなかったように思います。



現在考えている留学先でも、英語力の証明を求められ、

IELTSでの評価で問題なかったですし、

実はTOEFL-iBTよりも点数は取りやすいように思います。



将来、自分がどのような道を歩んでいくか分かりませんが、

オーストラリアなどへの臨床での勤務は諦めていないですし、

まずはアメリカへ留学して揉まれて強くなろう
と思います。

 
 

↑このページのトップヘ